スパイスで伝えたい、世界の文化や歴史

インド人の父と日本人の母を持つ私は、1984年に鎌倉で生まれました。
父が初めて日本にやってきたのは1958年のこと。漁業関連の視察で訪れた祖父に連れられ、幼少期の4年間を日本で過ごしました。その後、インドで大学を卒業し薬剤師になった父は、かつて身につけた日本語を武器に、高度経済成長に沸く日本で一旗揚げようと決意。20代だった父は、日本で水産物の輸入業を始めます。
商売相手は主にホテルのレストランなど。話すうちに「インドの人ならカレーパウダーを扱ってくれない?」との依頼を受けます。薬学部でスパイスの効能や役割を学んでいた父は、スパイスの直輸入も開始、外食産業向けに加え、家庭用に瓶詰めやパウチでの少量販売も始めたのです。
そんな時、大阪で開催された食の世界大会にインド代表として出場。「インド人が考えた日本のカレー」と名づけ、小麦粉を使った日本式カレーと本格的なスパイスのフュージョン料理を出品し、金賞を受賞しました。大好評を得たそのカレーを、父はレトルトや缶詰ではなく、スパイス&レシピのセット「カレーブック」として発売したのです。
このカレーブックで初めてスパイスに触れたという人が、今のスパイスカレーブームを牽引したようで、今もロングセラーの商品です。
さて、カレーブックの発売から1年後に生まれたのが私です。生まれた時から身近にスパイスがあり、和食とスパイス両方が食卓に並ぶ家庭で育ちました。高校は英語を学ぶためにインドに留学。その後、スイス、スペインで学び、家業を継ぐために帰国しました。
今、私は日本人の日常にスパイスを取り入れてもらうための活動を続けています。そのひとつが、Internet of SPICEというウェブサイトで毎週更新しているスパイスレシピです。もう1700ページを超えていますが、すべて無料ダウンロードしていただけます。
ほかにも、スパイスを使った料理講習会や、オリジナルスパイスのブレンド、発酵食品とスパイスを使ったビーガンラーメンや、静岡の塩鰹とスパイスのブレンドなど、日本の食材や調味料とのコラボレーションも手がけています。
また、先日は世界最高級のヴァニラを求めてマダガスカルに旅してきました。農園の成り立ちや、どんな人が育てているのかといった「物語」を日本の人に紹介できれば、スパイスを通して世界中の国や人の背景や歴史、文化も知ってもらうことができます。ただスパイスを売るだけではなく、スパイスを通して異文化と出会い、その国を知り、親近感を持ってもらえたら、これほどうれしいことはありません。


取材・文/井上雅惠
(2025 1/2/3 Vol. 750)

メタ・バラッツ●鎌倉・極楽寺のスパイス商、アナン株式会社3代目。南インド・ニルギリの高校GSIS(Good Shephered Int’l School)を卒業し、スイス・ジュネーブのCollege du Lemanでケンブリッジ大学のA Levelを獲得。その後、スペインに留学して経営学と料理を学び、帰国。企業や全国各地との商品開発、オリジナルブレンドの考案、料理教室を開催。著書に『バラッツ流!絶品スパイスカレー』(ナツメ社)、共著『インドよ!』(マイルスタッフ)など。