令和6年秋 褒章受章者インタビュー

食の安心・安全を胸に刻んで歩んだ半世紀

黄綬褒章 業務精励(調理業務)

田沼 健吉さん

(株)京王プラザホテル
スーパーブッフェ<グラスコート>
(元・調理部セントラルキッチンガデマンジャーセクションシェフ)

──黄綬褒章受章おめでとうございます。どのようなお気持ちでいらっしゃいますか。

なんで私が? というのが最初の感想でした。この業界にはすごい先輩方がたくさんいらっしゃいますので。でも長く働いてきてよかったと、素直にそう思っています。ホテルという職場は専門分化が進んでいて、いろいろなセクションを受け持ちながら一人前に育っていく場所ですから、腰を据えてやれば、それだけ学べることも増えていきます。そんな良さを感じながら過ごすことができた51年だったと思います。

──継続は力なりですね。最近は若い世代を中心に転職が増えてきていますが。

そうですね。いろいろなところで力を試したい気持ちも分かりますが、ホテルであれば同じ組織の中でそれができますからね。ソースやスープといった基本に始まり、レストランの種類もたくさんあり、宴会料理の経験も積めます。ひと通り経験する中で自分の専門性のようなものが徐々に出来上がっていきます。そんな感触が得られるまでに約10年。息の長い仕事です。

──京王プラザホテルへのご入社が1973年。開業の2年後でした。

はい。大きく発展する新宿を象徴するような存在として登場したこのホテルに惹かれました。東京には他にも名のあるホテルはありましたが、新しいホテルでやってみたい、ここで西洋料理を極めたい、そんな気持ちでした。料理をつくるのは中学生の頃から好きだったんです。家でおやつにドーナツを揚げたりして。兄がやはり料理人で、その影響があったのかもしれません。

ただ、入社当初は調理場には立たせてもらえませんでした。スチュワードから始めて、今でいうFBC(フード&ビバレージ・コントロール)のような食材管理の担当をしばらく経験しました。それからようやく社員食堂で料理人としての修業に入ることができました。FBCは自分から希望しました。肉や魚、野菜、冷凍食材、乾物など、ありとあらゆる食材の仕入れや出庫を管理する部署ですから、食品のことを学ぶには一番だと思ったのです。

──その頃の想い出として心に残っているエピソードをお聞かせください。

フランス料理のメインダイニングに配属された頃ですが、シェフがお客様の前でクレープシュゼットを演ずる場に立ち合う機会があり、その姿が目に焼きついてしまいました。なんて格好いいんだろうと。早く自分もあんなふうになりたいと憧れました。もちろん、まだその技術を教えてもらえる立場ではありません。シェフのすることを横目に見ながら、懸命に覚えようとした。楽しかったですね。

開業したばかりのホテルで、同僚もほとんどが新人です。4人1組のーチームで私は一番の年下でしたが、仲良しグループのような関係で、休みの日も連れだって自動車レースの観戦に出掛けたりしていました。その頃の先輩もまだここで、元気に働いておられます。息の長い仕事だからこそ、そんな絆も深まっていく。それもまたホテルという職場の良さなのでしょう。

──ベテランの域を迎えてからはガデマンジャー(冷製料理)のシェフとして活躍されました。

本当のことを言うとホットキッチンのほうが好きだったのですが、それもまた巡り合わせです。責任ある役割を与えられ、喜んでやらせていただきました。火を使わない冷製料理の難しさの一つは、安心・安全を徹底して守ることにあります。間違っても食中毒など起こすことのないよう、身なりを正し、清潔を保ち、温度管理に気を配るなどして臨みます。それが確保されたうえでの、おいしさです。当時の緑川廣親総料理長(現 名誉総料理長)をはじめとする先達の方々から、そうしたことも学んできました。

いつでしたか、千個ものサンドイッチボックスの注文を受けたことがあるのですが、料理をつくることもさることながら、容器やカトラリーの準備にもあれこれと配慮が必要で、貴重な体験をすることができました。これも大型ホテルならではのことでしょう。

──次代を継ぐ方々に一番伝えたいことは何でしょう。

そのときどきの流行を映して料理の姿がさまざまに変わることがあったとしても、食の安心・安全が大切であることに変わりはありません。そのことを深く胸に刻みながら、腕を磨いてほしいと思っています。

そしてまた、お客様との触れあいも楽しんでいただきたい。料理人は厨房にいるものですが、ときにはお客様がお帰りの際に立ち寄られて「ごちそうさま、おいしかったよ」などと声を掛けてくださることもあります。最近ではオープンキッチンやライブキッチンのレストランもありますから、カウンター越しにお客様と対話が生まれる機会もあるでしょう。私自身も今、このホテルのスーパーブッフェ<グラスコート>でそんな時間を楽しんでいます。

撮影/島崎信一
(2024 10/11/12 Vol. 749)