黄綬褒章 業務精励(調理業務)
岡 久さん
(株)倉敷国際ホテル 前・洋食料理顧問
(元・倉敷国際ホテル 料理長兼調理部長)
──黄綬褒章の受章おめでとうございます。今のお気持ちをお聞かせください。
どうもありがとうございます。先輩方のご指導や後輩の皆さんの協力があったからこそいただけた栄誉だと思っています。
──昭和54年に倉敷国際ホテルに入社されて以来、ずっと調理の道を歩まれてきました。思い出に残っているお仕事について聞かせてください。
思い出に残る仕事はたくさんあって、一つに絞るのは難しいですが、やはり大きな国際会議などは身が引き締まります。昨年のG7倉敷労働雇用大臣会合の歓迎レセプションでは、調理部門の責任者としてメニュー作成に携わりました。世界各国からいらしたお客様にぜひ地元の食材を味わっていただきたいと、岡山県産のキャビアや白桃などを取り入れたお料理をご提供し、高く評価していただけたことは心に残っています。
──岡さんは調理師専門学校をご卒業されていますが、もともとお料理に興味があったのでしょうか。
専門学校に入るまで包丁を握ったことはなかったのですが、父がある企業の社員食堂の料理人をしていたため、料理の仕事を身近に感じていました。父が家で料理をすることはあまりありませんでしたが、ある時、家に帰ると牛タンの塊が置いてあって、父が腕を振るってくれたことを覚えています。牛タンなど初めて見るのでずいぶん驚きました(笑)。ホテルに就職したら、そこで4、5年ほど勉強をさせてもらい、父が定年を迎える頃に一緒にお店を出せたらと考えていました。でも、私が20歳の時に父は交通事故で帰らぬ人となり、その夢を果たすことができなくなりました。その時、このままホテルで頑張ってみようと思いを新たにしたのです。
──新人時代は、当時の料理長で、全日本司厨士協会の卓越最高技術顧問章を受章した田上舜三氏のもと、フランス料理の基礎を学ばれたそうですね。
大変貴重な時期だったと思います。田上さんは一から十まで細かく指導する、というタイプではなかったので、田上さんの動きを見ながら、まねしながら、自発的に学んでいきました。素材の切り方やソースの味付けなど、味見をして、頭と体で覚えていくのです。試行錯誤しながらお手本の味に近づけようと努力を重ねました。
──キャリアを積まれて、管理職として部下を持つことになった際には、どのようなことに留意して指導されていましたか。
私たちが新人だった頃と比べて、今は情報があふれている時代です。フランス料理に関する情報もインターネットで簡単に手に入れることができるので、つい新しいものに飛びつきたくなるかもしれませんが、一貫して基本をマスターすることが大事だと伝えてきました。基本をしっかりと押さえているからこそ、新しい発想を生かせる可能性が広がるのだと思っています。新しいアイデアをどんどん自分の中に蓄積して、いつかそれが実現できるよう、まずは基礎力を養わせることを重視して指導を進めていました。
──フランス料理のシェフというお仕事のどんなところに魅力を感じるでしょうか。
和食の決め手は包丁さばき、中華料理が火の使い方であるとすれば、フランス料理はソースが真髄だと考えています。同じレシピでも煮詰め方など少しの加減で味が変わってきます。いまだに「これがソースの完成形だ」と思ったことはありません。もっとおいしいソースを作りたい、と思い続けられることがフランス料理に携わる醍醐味なのかもしれません。
──現在は、ホテルで後進の指導に当たりながら大学でも教えていらっしゃるとか。
岡山県内にある中国短期大学総合生活学科で、非常勤講師として「西洋料理」の授業を担当しています。料理人を目指す学生ではなく、実際に手を動かして楽しみながらフランス料理について学んでもらっています。「海老のニューバーグ」や「鮭のパイ包み」など、学生たちは楽しそうに実習していますよ。若い方にとってフランス料理は格式ばった印象があるのか、人気はイタリア料理などに押されがちです。でも、こうして実際に自分で作ることによって親しみを持ってくれたら、フランス料理を好む人たちの裾野が広がってくるのではないかと期待しているのです。多くの方に、フランス料理の魅力をお届けできたらと願っています。
(2024 10/11/12 Vol. 749)