能登半島地震とホテルの対応

出向社員の受け入れで被災旅館を支援

名古屋マリオットアソシアホテル

今回の能登半島地震で被災した和倉温泉の「加賀屋」では、従業員の暮らしを守るため、休業中の期間について社員およそ100名を全国の宿泊施設や飲食店に出向させると決断。要請を受けたJR東海ホテルズは、躊躇なく協力に乗り出した。

名古屋マリオットアソシアホテル

「社員の出向を学びの機会に」と望んだ名門旅館

「復興の目途が立つまで、出向という形で社員を託したいのだが」――。
和倉温泉の老舗旅館「加賀屋」から、JR東海ホテルズが打診を受けたのは、能登半島地震の発生からまだ間もない、1月下旬のことだった。

この依頼をJR東海ホテルズは快諾。被災した名旅館を支援したいという気持ちはもちろん、加賀屋の「日本一のおもてなし」を傘下のホテルが学ぶ好機にもなると歓迎した。

3月1日。加賀屋のサービス部門と調理部門から、出向スタッフがやってきた。20代から50歳前後まで、年代も経験もさまざまな10名のうち、名古屋マリオットアソシアホテルが6名を、ホテルアソシア高山リゾートが4名を受け入れた。

加賀屋からの「この機会に専門外の分野も経験し、社員たちに視野を広げてほしい」との意向を受け、配属先を決めていったという。

調理部門からの出向者は全員、日本料理が専門だが、他のジャンルの料理を経験してスキルアップを目指したいと、中国料理、フランス料理、鉄板焼き、ブッフェなどに着任した。その一人が川﨑喜太郎さんだ。

和の料理人、フランス料理でがんばる!

和食の調理人として6年間の経験を持つ川﨑さんの、名古屋マリオットアソシアでの配属先は、フランス料理のレストラン「ミクニナゴヤ」の厨房である。前菜の担当、温かい料理の担当と、さまざまな担当を回って、フランス料理の基礎を学ぶ日々だ。

料飲宴会部長の前田勇さんは、「明るく前向きで、現場でのコミュニケーションもしっかり取れる人」と、川﨑さんを評する。

「最初は戸惑うこともあったと思います。でも本人は、『野菜の火入れひとつとっても、フランス料理は和食と違う。扱ったことがない食材も使うので、とても勉強になる。しかもおいしい!』と言って頑張っています。料理長も、『日本食で培った技術がある川﨑さんは、頼もしい即戦力。ぜひいろいろ吸収して、加賀屋さんに持ち帰ってほしい』と申しております」

あるとき、加賀屋でお馴染みだったお客様が、川﨑さんを激励しようと、わざわざホテルを訪ねてくれた。彼が手掛けた前菜をうれしそうに口に運び、「いつか加賀屋でも、フランス料理をつくってほしい」と、とても喜んでくれたという。

同じく調理部門から出向している三浦美咲さんは、日本料理の厨房で働いている。加賀屋に入社してまだ1年。ほとんど修行ができずにいた彼女は、マリオットの板長に頼み、空いている時間で寿司の握り方などを教えてもらうことにした。出向中に少しでも、一人前に近づきたいと思ったのだ。

その熱意は、板長にも周りのスタッフにもしっかりと伝わった。「三浦さん、川﨑さんたち皆さんの当ホテルでの経験が、いつか加賀屋さんでも生きてくるのかなと思うと、私たちもうれしくなります」(前田さん)

加賀屋から出向、日本料理の厨房で修業を積む三浦美咲さん。
加賀屋から出向、日本料理の厨房で修業を積む三浦美咲さん。
清水暢紘さんの持ち場は鉄板焼き。早くカウンターに出てお客様の目の前で接客ができるよう、料理長や先輩から指導を受けている。
清水暢紘さんの持ち場は鉄板焼き。早くカウンターに出てお客様の目の前で接客ができるよう、料理長や先輩から指導を受けている。

被災を自分ごととして考え、できる支援を続けていく

加賀屋からの出向スタッフは、あの日大きな地震を経験し、今は家族も故郷も離れて、単身ホテルで働いている。ストレスがいくらかでも軽減できるよう、ホテルでは総務が中心となって面談やミーティングを行い、一人ひとりに寄り添うよう努めている。その情報を現場の担当者も共有して、心のケアも含めてサポートしようというのである。

3カ月が過ぎる頃には、出向スタッフとホテルスタッフが、同じひとつのチームとしての意識を共有するようになっていた。加賀屋からホテルに出向して気づいたことも、積極的に発言している。

「1対1のサービスを大切にする加賀屋のおもてなしのノウハウは、ホテルのサービス向上にも役立つと思う」
「効率的な業務分担は勉強になる。うちの旅館にも取り入れていけたらうれしい」
「若い社員も積極的に意見が言える社風に刺激を受けた」

加賀屋からの出向スタッフもすっかり打ち解けワンチームになった。(左から川﨑喜太郎さん、原田博辰さん、清水暢紘さん)
加賀屋からの出向スタッフもすっかり打ち解けワンチームになった。
(左から川﨑喜太郎さん、原田博辰さん、清水暢紘さん)

一方、取り組みを通じてホテル側が得たものも少なくない。

「加賀屋のみなさんは、日本一といわれるおもてなしが身についているので、一緒に働いていて勉強になることがたくさんあります。しかもみんな、新しいことを吸収しようという意欲がとても強い。今のうちに学べることは何でも学んで、加賀屋が再開するとき、少しでも役に立ちたいという意志を感じます。その姿を見て、『自分たちも日々の仕事を、おろそかにしてはいけない。もっと勉強しなくては』と、当社の社員の意識も変わってきました」(前田さん)

6月末、加賀屋は2026年度中に営業を再開するとの方針を発表した。それまでまだしばらくは休業が続く。JR東海ホテルズでの出向受け入れも、すでに11月までの延長が決まった。

「家庭の事情などで出向スタッフの入れ替わりもあると思いますが、今後もしっかり対応していきたい」と、前田さんは話す。

自然災害は場所も時間も選ばない。被災体験を自分ごととして受け止めながら、息の長い支援が続いていく。

取材・文/田中洋子
(2024 7/8/9 Vol. 748)

名古屋マリオットアソシアホテル(公式サイト)
https://www.associa.com/nma/