能登半島地震とホテルの対応

Interview
危機に備えて、今すぐホテルがすべきこと

髙松正人 氏
観光レジリエンス研究所 代表

地震、台風、水害と、自然はときに脅威となる。さらに近年、自然災害の頻度が増し、激甚化する傾向にある中、私たちはどう危機と向き合えばいいのだろう。普段の備えから災害発生時の対応、その後の地域支援や事業継続まで、「観光危機管理」を専門とする髙松正人氏に聞いた。

危機管理のキーワードは「プロアクティブ」

──はじめに、観光危機管理の基本的な考え方を教えてください。

観光危機管理の目的は、大きく言って2つあります。
ひとつは旅行者や観光客の安全と安心の確保です。そのために平素から対策を考え、災害その他の危機が発生したときは、お客様の安全確保を最優先します。その後、事態が落ち着いて、安全が確認できたら、お客様が必要とする最新情報を収集し、お客様に伝えて、不安を軽減するところまで配慮します。

観光危機管理のもうひとつの目的は、災害発生時の事業の継続です。一時的に休業せざるを得ない場合でも、できるだけ早く再開できるよう、BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の作成を含めて、日頃から準備しておく必要があります。

資料提供:観光レジリエンス研究所
資料提供:観光レジリエンス研究所

──一連の危機管理で、「要」となることは何ですか?

危機管理のキーワードは「プロアクティブ」、日本語では「予め」です。危機管理の大前提として、何事もない平常時に、ぜひ次の3つを確実に押さえておいてください。

①自分の地域や施設に影響を及ぼす災害や、それによる影響をできるだけ具体的に想定する

②想定される災害による影響にどう対応するかを具体的に決めておく(事前意思決定)

③危機に際し、決めておいた対応を迅速かつ的確にできるよう、必要な準備をしておく

この3つを基本とした危機管理計画を作成し、全社で共有しておくと、いざというとき慌てずに、迅速に、決められたとおりの対応行動ができるようになります。

──その3つのポイントについて、詳しく教えていただけますか。「① 地域や施設に影響を及ぼす災害や、それによる影響をできるだけ具体的に想定する」からお願いします。

これは危機管理を検討する際、最初にやるべきことです。地域やホテルで想定される災害/危機リスクを調べて把握するとともに、それらの災害・危機が発生した際のお客様や事業運営への影響をできるだけ具体的に想定しておかないと、そうした影響を低減するための有効な対応を考えることができません。

地震、津波、台風、集中豪雨、突風、雪害、火山活動と、さまざまな自然災害がより頻繁に起こるようになりました。みなさんのホテルがある地域では、どのような災害や危機が発生しうるでしょうか。それが発生したとき、みなさんの施設では、どのような被害や影響が考えられますか?

市町村の「地域防災計画」には、地域で想定される災害が網羅されています。ハザードマップを見れば、津波、高潮、洪水による浸水、土砂災害、液状化などの恐れがあるエリアや、危険度もわかります。必ず確認して、想定される危険をリストにしてみてください。

──「②想定される災害による影響にどう対応するかを具体的に決めておく(事前意思決定)」とは、例えばどんなことですか?

これは、想定される個々のリスクによる被害や影響を防止、軽減するために、どう対応するか、どう行動するかを平常時に予め決めておくという意味です。

まず今ある災害対応マニュアルを読み、自社のホテルに起こりうる危機とその影響が具体的に記載されているか、確認してください。防災計画のひな形をそのままコピーして自社の計画としているホテルでは、その場所では起こりえない災害が「想定される災害リスク」と記載されていることさえあります。また、災害は列挙されているものの、お客様や事業運営への影響が具体的に書かれていないものもあります。それでは具体的な対応策を考えることができません。

対応策を考える際は、お客様や自社の事業運営への具体的な影響に対して、どのように対応すれば、お客様の安全を確保し、安心を提供できるか、自社の事業を継続し、あるいはその後の事業運営の回復を早めることができるかを社内で話し合い、事前に意思決定するとよいでしょう。

帰宅困難になったお客様にどう対応するか、避難してきた地域住民や観光客を受け入れるか、DMAT(災害派遣医療チーム)や電気・水道復旧要員などの宿泊を受けるかどうかの方針を、平常時に予め決めておくと、いざというときに速やかな対応ができます。事業継続の面では、当面の運転資金の確保の方法、従業員の勤務、営業の継続や営業再開などの基準などについても検討しておきましょう。

──最後は、「③ 危機に際し、決めておいた対応を迅速かつ的確にできるよう、必要な準備をしておく」ですね。

災害時にお客様の安全と安心を確保し、事業の継続や回復をより確実に行えるようにするための対応を決めたら、実際に災害が起きた際にすばやく、かつ確実にそれらを実行できるようにするため、平常時から備えをしておくことが必要です。

●危機対応の体制・役割分担

備えの第一は、災害・危機が発生した際の役割分担です。全体の統括責任者に加えて、情報収集・発信の責任者も決めておきましょう。平常時の業務に応じて、お客様対応・避難誘導、情報提供、財務、従業員支援などの役割を決めておきます。自衛消防隊がある施設では、その組織と役割を基本にして、体制・役割分担を決めるとよいでしょう。

また、夜間など対応要員が少ないときに災害や危機が発生した場合の初動体制も、決めておく必要があります。

●事前意思決定したことのマニュアル化

災害・危機が発生したとき、誰が、どのように対応するかを社内で検討した結果は、わかりやすい文書や図にまとめておきます。これが危機対応マニュアルになります。検討に参加した社員だけでなく、全従業員がこのマニュアルを共有し、理解し、それに基づいてそれぞれ割り当てられた役割での対応を実行できるようにすることが重要です。

●情報の収集と提供

災害・危機発生時は、正確かつ最新の情報をお客様にも、社員にも、関係機関にも提供できるように備えておきましょう。非常時の情報収集先のリストは定期的に更新しておきます。情報提供のひな形(テンプレート)を準備しておくと、必要な情報を、漏れなく、わかりやすい形で提供しやすくなります。日本語のわからないお客様にどのように情報を伝えるかも、検討して決めておきましょう。

社員間や関係機関との通信・連絡の手段も備えておきます。災害時は携帯・固定電話とも発信規制がかかることが多くあります。SNSや伝言ダイヤルなど、代替の通信手段が必要になります。

●帰宅困難となったお客様への対応

災害で交通機関や道路が不通になると、お客様が移動や帰宅ができなくなります。このような場合、帰宅困難のためホテル内に滞在しているお客様が少しでも早く帰宅できるよう支援するとともに、帰れるようになるまで、館内で安全・安心に過ごせるよう備えておきます。

まず備えておくべきものは、食料や水です。飲食施設があるホテルでは、在庫してある食材を活用して食事や飲み物を提供することができます。食材在庫がない、または少ないホテルでは、非常食などの備蓄を検討することが必要です。

災害に伴って長時間の停電が発生することがあります。停電が起きると、照明も、空調も、エレベーターも使えなくなり、水も貯水タンクが空になれば館内は断水します。帰宅困難で館内に滞在しているお客様は、暗い中で、暑さ寒さに耐え、トイレやシャワーも使えないなど、不便で不快で不安な経験を余儀なくされます。こうした不便・不快を少しでも解消できるよう、保温の手立てや非常用トイレなどの備えをしておきましょう。

──災害への備えとしては、どのホテルでも防災訓練を実施しています。その実効性を上げるためのヒントがあれば伺いたいです。

消防法で義務づけられている年2回の消防訓練だけでは、災害時の対応にはまったく足りません。何度も繰り返し徹底的に訓練して、初めて身体が動くようになるのです。2024年1月、羽田空港で起きたJAL旅客機と海上保安庁機との衝突炎上事故では、JAL機の乗客乗員は全員が短時間に脱出し、犠牲者はありませんでした。これは、徹底した日頃の訓練のたまものだったのです。

まずは、あなたのホテルの災害対応マニュアルに沿って訓練を実施してみましょう。マニュアルどおりだとうまくいかないところや、気になるところが見えてくるものです。どうしたらもっとうまくいくかを検討し、マニュアルを改善していきます。訓練の目的は、計画やマニュアルに書かれていることを身につけることとともに、既存の計画やマニュアルの問題点を見つけ出し、よりよい形に改善していくことにあるのです。ですから100点満点で非の打ちどころがない訓練は、実はもうひとつの目的である問題点を見つけ出すことがまったく達成できていない訓練だと考えてください。

防災訓練には必ずトップが立ち合い(あるいは参加し)、最後に講評をしてください。その場に社長やGMがいれば、従業員の真剣さは間違いなく違ってきます。問題の共有やマニュアルの見直しも、トップが訓練に立ち会っていれば、より速やかに実現できるはずです。

平常時に決めた段取りで行動し、被害を最小に

──実際に災害が起きたとき、お客様を誘導するスタッフが心掛けるべきことは何ですか。

避難誘導や安全な行動を促す際には、相手がお客様であっても「命令口調」で指示をすると効果的です。「物を持たないでください!」「こちらの方の避難を手伝ってください!」と、きっぱり言い切るのです。危険と背中合わせの現場では、笑顔のホスピタリティは、しばらくポケットにしまっておきましょう。短くはっきりした言葉で毅然と指示をすると、人はあなたの指示に従ってくれます。

──ホテルの利用者には、外国人のお客様や、体の不自由なお客様もおられます。この方たちの安全を取りこぼさないために、気をつけることはありますか。

まず、そうしたお客様が自分自身の安全を確保するために必要な行動を指示します。地震であれば、“Drop, Cover, Hold on”「姿勢を低くし、頭を守り、その場で揺れが収まるのを待つ」です。英語でもとっさに言えるようにしておき、身振りも交えて確実に伝えてください。

限られた人数のスタッフで避難誘導をする場合、外国人や体の不自由な方のサポートは、できるだけ周りのお客様にも協力してもらいましょう。「中国語と日本語がわかる方はいますか?」と日本語で呼びかければ、どちらの言葉もわかる人が手を挙げてくれるでしょう。

──目の前の危機が去った後は、どのような流れが考えられるでしょう。

交通アクセスが不通になれば、帰宅困難となったお客様や地域内の観光客の受け入れが求められます。交通が再開して帰宅できるようになるまで、一晩か、せいぜい二晩でしょう。能登半島地震のときでさえ、地震発生から24時間で、和倉温泉の観光客は全員が現地を離れ、帰路についていました。館内に滞在している帰宅困難者には、水と食料のほか、災害の状況や交通機関・道路の最新情報を提供します。スマートフォンのバッテリーが低下して困ることが多いので、充電ができるよう準備をしておくとよいでしょう。

災害直後から復旧要員の宿泊需要が発生します。電力会社、水道、ガス、通信、損害保険、医療などの関係者や、他の自治体からの支援要員が含まれます。この人たちが現地に入らないことには、復旧が進みませんので、宿泊受け入れは、災害復旧に向けたホテルにできる地域貢献といえます。

復旧要員のほか、地元自治体から被災者の受け入れを打診される場合もあります。基本的に家族ごとに部屋を使い、1日3食の提供が必要になります。生活の場を失った被災者が、生活の場として一定期間ホテルに滞在しますので、普段のゲストとは使い方が異なります。場合によっては、一般営業を再開する際に内装などのメンテナンスが必要になることもあります。そうした事情も知ったうえで、被災者の受け入れに関して事前に方針を決めておくとよいでしょう。

このほかホテルならではの被災地支援として、調理スタッフによる炊き出し支援が行われることがあります。「避難所でこんなにおいしい料理が食べられるなんて」と、どこでも歓迎されているようです。

経営者に求められる「危機管理は投資」の意識

──復旧が進むと、営業再開も視野に入ってきます。この段階での注意はありますか? 休業なしで事業を継続する場合も含めて、アドバイスをください。

この段階で大切なのが、地域や施設の状況に関する情報発信です。2021年の熱海市伊豆山土石流災害では、被害が出たのは熱海市内の伊豆山地区だけで、熱海の中心的な温泉街は影響を受けませんでした。しかし、災害の報道が出るやいなや、熱海全体の宿泊施設にキャンセルの嵐が吹き荒れることになってしまいました。

マスコミは、建物が壊れた、ケガ人や犠牲者が何人に増えたなど、危険情報や被害情報は出しますが、「だいじょうぶ情報」はなかなか出しません。災害時は、ホテルや観光業に携わる企業が、自らお客様に現地や営業の状況を発信していかない限り、平常どおりに営業しているし、観光にも支障がなくても、「だいじょうぶ情報」がお客様に伝わることはありません。

このような場合は、「市内で土砂災害が発生しましたが、当館に影響はなく、通常どおり営業しています」とWebサイトに上げるだけでもずいぶん違います。旅行会社や予約サイトにも、「だいじょうぶ情報」を提供しましょう。

お客様が戻り始めたら、今度はお客様や観光客が普段どおりの観光を楽しんでいる様子を自社サイトやSNSアカウントに掲載します。宿泊されたお客様にもひと声かけて、できれば滞在や観光を楽しんでいる画像や動画をSNSに投稿してもらうとよいでしょう。こうしたことがすべて、だいじょうぶ、安心のメッセージになるのです。

──BCP(事業継続計画)の策定も、やはり必要でしょうか?

災害対応マニュアルが主にお客様の安全と安心を確保するための行動計画であるのに対して、BCPは非常時に事業を継続し、事業が中断した場合には回復を早めるための行動計画です。BCPを策定しておくことは、防災マニュアルが必要なのと同様に事業経営の上で必要性が高いものです。

観光事業者にとって事業継続のカギとなるのは、財務と、情報と、雇用です。災害等によって事業に影響が出たとき、この3つの面で迅速かつ適切に対応して、事業を安定的に継続し、中断した事業を早期に回復できるよう予め検討し、事業継続計画を策定します。

「財務」に関しては、災害の影響で休業したり、一定期間売り上げが著しく低下したりした場合でも事業を継続できるよう、必要な運転資金を普段からプールしておく、あるいは金融機関などから緊急融資等で必要資金を調達できるよう備えておきます。

また、被災した施設や設備、備品等を修復したり、買い直したりするのに必要な資金を調達するために、利用可能な公的融資を確認し、損害保険を再確認しておくことも事業継続につながります。

「情報」面では、災害によるサーバーなどの被害で重要なデータが消失しないよう、バックアップを取ることも大切です。災害に伴い停電が起こると、システム内の営業情報や、滞在しているお客様の安否確認に必要な宿泊者リストにアクセスできなくなります。

また、災害発生時に館内に滞在しているお客様に、安全確保や帰宅のための情報を随時提供できるようしておくことが必要です。さらに、外部に対して、通常営業を続けている、営業再開予定はいつ頃などといった、営業に関わる「だいじょうぶ情報」を発信できるような備えも事業継続に欠かせないものです。

「雇用」面では、災害時における従業員の勤務の扱いや、給料の支払いなど、労務に関して予め対応を検討し、労働組合や従業員代表と合意しておくことが重要です。長期休業せざるを得ない場合の雇用をどうするか、休業手当を支給する、休業期間を社員の教育・訓練に充てる、他の宿泊事業者や飲食店等に出向させるなど、さまざまなオプションを検討・準備し、可能な限り従業員の雇用を維持できる備えをしておくことも、休業後のスムーズな事業再開に役立ちます。

特に、観光分野を含むサービス業全般で人材不足が顕著になっている今日、災害後の長期休業などを機に一度会社を離れてしまった従業員は、営業再開後もなかなか戻ってきてくれません。雇用の維持は、事業の持続可能性にもつながります。

しっかりとしたBCPがある会社は、外からも信頼されます。事業継続について、取引金融機関との間で折に触れて話ができていれば、いざというときに「BCPのしっかりした信頼できる会社」として緊急融資が受けやすくなるのです。災害への備えが十分な企業には、優遇金利で貸し付けをしてくれる金融機関もあります。

にもかかわらず、内閣府の調査によると、宿泊業・飲食サービス業におけるBCP策定率は調査対象の全業種の中で最低です。数年前までは10%前後だったのが、2023年の調査でやっと30%近くにまで上がってきましたが、それでもやはり、他の業種と比べると低いと言わざるを得ません。

●業種別事業継続計画(BCP)策定状況

●業種別事業継続計画(BCP)策定状況

●BCPを策定していない理由

●BCPを策定していない理由
資料提供:観光レジリエンス研究所/内閣府「令和5年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」をもとに作成

BCPを策定していない企業にその理由を尋ねると、「BCPを策定する人材が確保できない」「策定に必要なスキル/ノウハウがない」というのが最大の理由でした。

BCPは危機管理の重要な要素です。災害が起きてからどのように事業を継続するか、回復するかを考えていては、すべてが後手になってしまいます。まだBCPを準備していないホテルは、できるだけ早く整えることをおすすめします。

危機に備え、災害等の被害や影響を低減し、回復力を高めることは、あなたのホテルの事業継続だけでなく、地域の復興の力にもなります。ホテル経営者のみなさまには、「危機管理は経営の柱のひとつ、そのための費用は投資である」と考えて、ぜひともリーダーシップを発揮していただきたいと願っております。

取材・文/田中洋子
(2024 7/8/9 Vol. 748)

髙松正人(たかまつ・まさと)
Profile

髙松正人(たかまつ・まさと)●観光レジリエンス研究所代表。1982年東京大学卒業。株式会社日本交通公社(現JTB)入社後、旅行営業、販売促進、事業企画、インセンティブ企画、人事、IT企画等の業務に従事。その後、2001年株式会社ツーリズム・マーケティング研究所事業部長、2009年同代表取締役社長、2012年株式会社JTB総合研究所常務取締役を経て、2020年4月より現職。東日本大震災をきっかけに観光分野の防災・減災、危機管理、復興支援に活動の軸足を移し、日本における観光危機管理の第一人者に。観光庁「観光危機管理計画等作成の手引き」をはじめとする観光危機管理計画やマニュアル等の作成、訓練の企画・指導、事業継続計画(BCP)作成支援などを行っている。