令和6年春 褒章受章者インタビュー

人と人、ホテルとホテルをつなぐ仕事のチカラ

黄綬褒章 業務精励(ホテル業務)

内田 章さん

(株)パレスホテル
パレスホテル東京 事業開発部シニアエンジニアリングアドバイザー
(元・パレスホテル 施設部部長 )

──受章おめでとうございます。吉報を受けて、どのように思われましたか。

もうびっくりしてしまって、家族みんなで「噓でしょう!?」などと言い合いました。私どものホテルで、褒章を受けられたお客様の祝賀会を開いていただくことはありますが、まさか自分がその当事者になるとは。思ってもみなかった栄誉をいただき、たいへん光栄に感じています。

──ホテルで発生する大量の生ごみを有機肥料に変えて再利用する、業界初の循環型リサイクルシステムの確立にご尽力されました。

今から30年ほど前、1990年代半ばのことでしたね。ごみの分別や段ボールの再利用は進んでいましたが、生ごみを集めて発酵させて、有機肥料に変えようという発想は、まだどこのホテルにもなかったように思います。私自身も疑心暗鬼のまま、会社の方針に基づいて取り組み始めたというのが正直なところです。それが結果的にうまくいきましたので、貴重な体験をさせていただいたと感謝しています。

──ご苦労もあったかと思いますが、どのように乗り越えられたのですか。

生ごみリサイクルとはどういうものか、社内の人たちに理解してもらい、協力してもらえる環境が整うまでが一番たいへんだったように記憶しています。簡単に言うと、ごみの分別に対する意識の徹底ですね。というのも、きちんと分別されていない異物混じりの生ごみを堆肥化の機械に投入すると、機械が壊れてしまいかねないからです。

そのため、説明会を開いたりして協力を呼びかけながら、3年ほどかけて周知を図っていきました。同時に、ごみ置き場やごみ処理場をきれいに整備して、気持ちよくごみを持ち込んでもらえるようにも工夫しました。段ボールやペットボトル、缶類を圧縮して整頓したり、分別リストをわかりやすく整理し直したり、嫌な臭いが鼻を突かないよう生ごみ専用冷蔵庫を導入したり。そうやって環境が整うと、清潔に保とう、分別しようという意識が自然とみんなに広がるんですね。

そうした取り組みが少しずつ話題になり、環境大臣が視察に来られたり、メディアで紹介されたりして、従業員一同、大いにモチベーションが上がっていきました。

──今ではすっかり定着した感があります。やはり、継続することが力になりますね。

そうだと思います。従来のように捨ててしまえば簡単ですが、あえて手を掛けて処理をする。どんな仕事にも通じると思いますが、そのひと手間を惜しまず続けることが大事なのでしょう。トップの理解とスタッフの努力や工夫が相まって、つまずいても諦めず、全社的な取り組みとして徹底できたことがよかったのだと考えています。

──パレスホテル東京での全面建て替えに際しては、開業準備委員会の一員として設計段階から参画されました。

それも楽しかった想い出の一つです。私たち施設関連の職員は、ある意味で「しんがり」と「先駆け」の両方を務めるのが役目です。閉館時には建て替え工事の準備を終え、すべてのスタッフを送り出してから最後の電源を落とす。なんとも感慨深い瞬間です。そして開業時には真っ先に入って準備を整え、みんなを出迎える。きちんと計画どおりに完成しているか、最初に踏み入るときには不安と期待が入り交じります。

設計・施工段階はやはり、緊張感とやりがいを感じますね。こんな設備を入れたら省エネが進むだろう、効率も上がるに違いないなどと考えを巡らせて案をつくり、経営陣のもとにも何度も足を運んで説明する。ゴーサインが出て、自分たちの考えたもの、望んだものがカタチになる喜びはなかなか言葉では表せません。

──そうした仕事の醍醐味を後進の方々にも伝えたいですね。

仕事というのは自己完結で終わらせず、自分のしていることを周囲と共有することが大切だと思っています。昔はよく、先輩や上司の背中を見て仕事を覚えろなどと言われたものですが、今はもう「言わなくてもわかる」は通用しません。大事なことはきちんと言葉にして伝えなければ、後に続く人たちを育てることはできないでしょう。

それはしかし、自分のやり方を押しつけることとは違います。こちらの考えや方針を伝えたうえで、個々の意見も尊重する。従ってもらわなければならない場面もありますし、任せて待つ場面もあります。そうしたことの繰り返しで、何かが受け継がれていくのでしょう。理解力と行動力のある部下に恵まれたことも幸せだったと思います。

──これからの世代に向けてメッセージをお願いします。

日本ホテル協会の会員ホテルをはじめ、さまざまなホテルの施設関連のスタッフをつなぐ横の連携ができています。昔はなかったことですが、ここ10年、20年ほどの間に顔を合わせる場をつくり、情報交換をしたり懇親を深めたりする集まりが自然発生的に出来上がりました。ライバルではありますが、仲間でもある。そんな関係性が心地よく、学べることがたくさんあります。ぜひ、この絆をさらに深めていってほしいと願っています。

若い方々には、ひと言だけ。自分の選んだ道、今の仕事に前向きに取り組んでください。辛いこともあるでしょう、悩みも尽きないはずです。それでも前を向き、やれるところまでとことんやってみてほしい。将来どんな道に進むにしても、若い頃のがむしゃらなその一時期が、貴重な財産となるはずです。

写真/島崎信一
(2024 4/5/6 Vol. 747)