ホテル業必⾒ 観光消費トレンド2025

顧客と共につくる「トキ消費」というトレンド

博報堂生活総合研究所では2017年から、「モノ消費」「コト消費」に続く新たな消費トレンドとして、「トキ消費」を提唱している。この新たな消費トレンドを迎え、その時・その場所ならではの体験、他の参加者と一緒に盛り上がる高揚感、主体的にイベントに貢献する満足感などが、生活者に、とても歓迎されているのである。そこで本特集では、同研究所の夏山明美上級研究員に取材し、ホテルが「トキ消費」を取り入れるためのヒントを探る。

非再現性、参加性、貢献性が、「トキ消費」の3要件

──「トキ消費」というのは、どのような消費スタイルですか。

「トキ消費」は、「その時・その場でしか味わえない盛り上がりを楽しむ消費」です。これには、①時間や場所が限定されていて、同じ体験が二度とできない「非再現性」、②不特定多数の人と体験や感動を分かちあう「参加性」、③盛り上がりに貢献していると実感できる「貢献性」という、3つの共通要件があります。

例えば、ハロウィンの仮装をした人たちが街に繰り出し、見知らぬ人とハイタッチをしたり、記念写真を撮ったりして楽しむといった現象は「トキ消費」の典型です。ほかにも、観客が一緒に歌ったり踊ったりして、会場全体で一体感を楽しむフェスやライブ、賑やかに応援しながら映画鑑賞をする応援上映会、みんなの寄付で商品開発などを実現するクラウドファンディング、好きなアイドルや商品に投票する総選挙型キャンペーンなどがあります。

──なぜ今、トキ消費が注目されているのですか。その背景についても教えてください。

1970年代〜80年代にかけて、人々の関心は、生活を豊かで便利にする新商品や珍しい商品の所有にありました。「モノ消費」の時代ですね。しかし90年代になると、モノは社会に行き渡り、人々の関心は体験に価値を置く「コト消費」へと移っていきます。モノ自体も、体験の手段へと変わっていったのです。

ソーシャルメディアが広く浸透した2010年代、インターネットによって、ほかの人の体験をあたかも自分自身の体験のように見聞きできる環境が生まれました。しかしそれは、どこまで行っても疑似体験にすぎません。リアルを求める人々は、誰かと一緒に盛り上がる、その時・その場に参加することに新たな価値を見出すようになっていきます。こうして「トキ消費」が誕生したのです。

顧客の心をつかむ「トキ消費」は、どうつくる?

──トキ消費を商品やサービスに生かすには、どのようなことに留意すべきですか。

「トキ消費」は、生活者が主体的に参加することで初めて完成します。企業側から見れば、「トキ消費」とは「生活者と共に生み出す消費」なのです。商品開発に際しては「生活者と一緒にどんなトキをつくるのか」を意識することが大切です。そのためのヒントを挙げてみましょう。

①トキのお題を与える
生活者がトキに没入できるよう、新しい記号やルールを「お題」として提供します。

あるアメリカの環境保護団体は、「シリアルナンバー入りのガラスボトル(限定10万本)を購入して、SNSに写真を投稿しよう!」という生活者参加型キャンペーンを期間限定で実施しました。その期間にしか手に入らない商品を購入し、さらにSNSに投稿するところまでをルール化し、これをお題として、参加者の消費行動を環境運動への貢献体験へとつなげています。

②新しいトキをつくる
新しい習慣、旬、歳時記をつくるということです。

日本愛妻家協会は、1月31日を語呂合わせで「愛妻(アイサイ)の日」に決めました。さらに8時9分を「Hug(ハグ)」と読ませ、「1月31日の8時9分に夫婦でハグを」と新しい習慣を提案したのです。日時を年に一度と限定したことで、非再現性を高めています。

③モノ・コト・トキを循環させる
トキ消費をテコに、モノやコトを活性化することも可能です。

あるミュージシャンの全国ツアーでは、その会場でしか買えないグッズを当日限定で販売。各会場でどんなモノが売られるのかは秘密にしておき、次のライブが近づくたびに、SNSでグッズを発表していきました。結果、複数の会場をハシゴするファンたちでグッズは売り切れ続出。「今だけ、ここだけ」と限定したことで、モノがトキになったのです。

「ズムメシ」(*1)は、コトをトキにしている好例です。「ズムメシ」とは、参加者が同じ飲食店から食材を取り寄せて、決まった日時にオンライン食事会をするというもの。普通、お客さんが料理人や生産者と話す機会は滅多にありませんが、「ズムメシ」にはシェフや生産者も参加し、土地の歴史や作物の解説をしてくれます。オンラインの利点を生かせば、こうして特別なトキを共有することもできるのです。

*1 ズムメシ
参加者がZoomを介して飲食店に集まり、シェフや生産者を交え、みんなで食事やお酒を楽しむイベントのこと。Zoomでご飯を楽しむことからズムメシ。

ホテルの楽しみ方も「コト」から「トキ」へ

──最新の消費トレンドをキャッチするために、おすすめの方法はありますか?

日常生活にあふれる「発想の素材」から、気になるものをピックアップする習慣をつけるとよいと思います。発想の素材とは、例えばマクロ統計、定量調査の結果、人の言葉、街の光景などです。面白いな、不思議だなと思ったこと、驚いたこと、違和感などがあったものがあれば、メモしたりPCに保存したりしておきます。そして、その背景にある人の欲求は何だろう、これはどういう兆しなのだろうと、いろいろ仮説を立ててみます。その仮説に関連する気になるものをさらに探し、仮説を修正・深掘りして、精度を高めていくのです。私自身、このやり方で「トキ消費」という概念を発見しました。

──消費傾向の変遷をふまえ、これからのホテル業界にどのようなことを期待しますか。

物価上昇が続くなか、あらゆる業界が価格を論点にしがちです。しかしお客様は価格以前に、皆さんのホテルが独自の価値として何を提供してくれるのかに関心をもっておられるのではないでしょうか。ホテル業界は「コト消費」が中心だと思いますが、お客様の主体的な参加を促すという視点も、ぜひ商品開発に加えてみるのはいかがでしょうか。お客様に参加していただくことで「トキ消費」は成立します。「コトをトキにする」という視点をもつだけで、これまでとは違ったアイデアが、生まれやすくなるかもしれません。

構成/田中洋子
(2024 10/11/12 Vol. 749)