観光庁では2024年6月、「世界的潮流を踏まえた魅力的な観光コンテンツ造成のための基礎調査事業」の調査報告書を公開。グローバルな視点から消費者の価値観の変化や、観光コンテンツの中長期トレンドを分析したもので、「ウェルネス」をはじめとする5つの主要なトレンドとともに、それらに共通する要素として「イマーシブ(没入性)」が挙げられている。今後のインバウンド拡大に向けて、ホテル業としても認識しておくべき調査結果の概要をまとめた。
インバウンド全国拡大の鍵となる「コンテンツ型消費行動」
訪日外国人観光客の人数は着実に回復基調にあり、2024年の合計数はコロナ禍前の最大人数(3188万人)を上回るものと見られている。その一方、インバウンドを中心とする宿泊需要は東京や大阪などの都市部に偏在する傾向にあり、地方への誘客を促すためにも付加価値の高い観光コンテンツの造成が求められているのが実情だ。
こうしたことから、観光庁では観光コンテンツの世界的潮流を日本のポテンシャルに生かすことを目的として、2023年12月から約4カ月にわたり、「世界的潮流を踏まえた魅力的な観光コンテンツ造成のための基礎調査」を実施した。各種文献調査に加え、国際団体・業界団体・OTAなどへの調査、また旅行会社やメディアへのヒアリングなどを踏まえ、グローバルな視点から見た消費者の価値観の変化や、観光コンテンツの中長期トレンドについて分析するとともに、日本の観光コンテンツの現状と課題を明らかにした。
それによると、今回の調査は旅行における「現地消費」のうち「コンテンツ型消費行動」に対象を絞って実施したとのこと。ここにはアウトドア・アドベンチャー体験や食文化コンテンツなどの「体験活動」と、祭りや地域イベント、スポーツ観戦などの「イベント」が含まれる。また、グローバルな観光トレンドを分析するための切り口として以下の3つを加味したうえで、それぞれの傾向が抽出されている。
①国際機関・OTA等の発表する旅行トレンド・キーワード
「旅行目的」では単なる癒やしにとどまらないウェルネス志向、「体験」ではアドベンチャーや異文化・イベント、「目的地」ではメディアの影響を受けた聖地巡礼やマイナーな旅行先など。
②パンデミックによる短期的影響
新型コロナウイルス感染症拡大による短期的な社会的影響として、サステナビリティ志向、健康志向、自然志向、ハイブリッドな働き方など。
③体験全般に係る中長期の傾向
長期的に見た消費の軸足が「所有=モノ消費」から、「体験の享受=コト消費」へとシフト。さらに「非再現的なイベントへの参加=トキ消費」が注目されるなど、体験消費が先鋭化。自分だけの体験欲求が強まるため、特定の対象や世界観への「没入性=イマーシブ」がキーワードになると考えられる。
「イマーシブ」を基調とする5つの世界的観光トレンド
以上の分析を踏まえて導き出された観光コンテンツのトレンドが、以下の5つである。また、これらに共通する要素として、自分だけの、あるいは唯一無二の環境や体験に没入することを意味する「イマーシブ」が強く関係することが分かった。
以下、それぞれの調査結果を抜粋して紹介する。
①ウェルネス
身体的な健康にとどまらず、精神的な癒やしや充足感、幸福感も追求。
- コロナ禍以降、ウェルネス(ツーリズム)、リトリート、ウェルビーイングなどのキーワードが顕著に増加
- ウェルネス市場は2027年までに1100兆円以上に成長することが見込まれ、特にツーリズムは年平均で約17%の高成長が予想される
- 自然体験やアートなどの定番コンテンツにウェルネスの要素を掛け合わせ、新規性の高いコンテンツへ昇華させている事例も登場
- ツーリズムの領域でもウェルネス(健康)だけでなく、ウェルビーイング(幸福・充実)へと体験のコア価値が広がりつつある
②ネイチャーアクティビティ
拡大した自然との距離を縮めるため、自然に入り込んだ体験を享受する。
- ネイチャーアクティビティの関連市場は拡大傾向にあり、トラベル&ツーリズム業界全体の成長率を上回る
- 都市部への人口集中で自然と触れ合う機会が減少したことが、ネイチャーアクティビティ需要増の一因
- 市場の成長に伴い消費者ニーズが多様化。安全なものからリスクの高いものまでアクティビティも多様化
- 「強い感動や驚き」を味わえる体験がグローバルに支持される
③聖地巡礼
メディアの発信する創作物に触発されて「聖地」を訪問。物語の世界観を体感し、地域と交流する。
- 実際にテレビ番組や映画で特定の旅行地を見た人は、見ていない人に比べて関心が高い傾向にある
- トレンドの背景にあるのは、①動画配信サービスの普及、②SNSによる訪問意欲のかき立て
- 物語を感じる本物の没入感や新しい発見、コミュニティとのつながりなどの要素が含まれる観光商品が支持される
④イベント
フェスティバルやライブなどに参加・貢献し、唯一無二の体験や仲間との交流を楽しむ。
- イベント市場規模は急回復し、コロナ禍前の水準以上に達する見込み
- コロナ禍で不特定多数が密に集まる多くのイベントが回避されたが、他者との触れ合いを前提とした生の体験への需要は増大している
- 観光コンテンツとして、①参加性・貢献性の強いイベント、②唯一無二の体験ができるイベントの価値が高まる
- テイラー・スウィフトのツアーで米国の宿泊市場に約38億円の経済効果。日本では新興の音楽フェスティバルが連帯感の醸成や地域PRにつながっている
⑤生活没入
旅行先の住民と同じような体験を楽しみ、地域の歴史文化との一体感を享受する。
- 暮らしの変化で旅行が日常に近づく「ツーリズムの日常化」と、旅行者のニーズ多様化で地域の日常に焦点が当たる「日常のツーリズム化」が市場成長の背景に
- 旅行者の多くは地元文化の体感を希求。旅行は長期化傾向にあり、長くとどまることで生活没入への需要が増す
- 生活没入型の観光商品として、地元住民の視点から観光地を回るツアー、文化・自然・産業を五感で体感するツアーなどが目立つ
- 表層的でない「本物性」、個別ニーズに応えた「パーソナライズ」が重要なポイント
以上のトレンド分析に加え、調査結果では日本の観光コンテンツの現状と課題についても報告。訪日外国人に対する消費動向調査なども踏まえ、着地別分析、発地別分析などさまざまな視点から現状を把握したうえで、5つのトレンドごとの詳細な分析結果と今後に向けた課題、対応策に関する論点がまとめられている。
観光コンテンツの造成は自治体や旅行会社だけの問題ではなく、ホテルをはじめとする宿泊業者にとっても大きなテーマだ。調査結果も参考に、インバウンド需要拡大に向けて地域一体となった取り組みに参画することが求められる。
(2024 10/11/12 Vol. 749)