スタッフの働きやすさ、働きがいにフォーカス
パレスホテル東京では2020年より、「未来を、もてなす。」をサステナビリティコンセプトに、人、社会、自然を3本柱とする各種活動を続けてきた。
2023年も基本的な流れは変わらないが、「~今、できることを積み重ねて~」という方向性のもと、さまざまな部署で取り組みを進めてきた。特に「人にやさしいおもてなし」に関する取り組みの中に、スタッフに向けたものが目立ったのが新鮮だ。ブランド戦略室の柳原芙美室長は次のように語る。
「コロナ禍が社会に与えた影響は大きく、ホテル業界全体で深刻な人材流出も経験しました。今後、観光が日本の基幹産業となり、ホテル業がその主力産業となっていくには、企業を支えるスタッフが要です。そこで『人』にスポットを当て、お客様の満足だけでなく、スタッフがより働きやすく、働きがいを実感できる職場を目指そうと考えたのです」
業界の先陣を切ったのが、2年連続の臨時昇給である。物価上昇が続くなか、社員の生活の質を向上させ、優秀で若い人材を育てていくために、過去最大幅で給与の引き上げを実施した。23年入社の大卒初任給は14%アップ。連動して入社2年目以降の若手社員の給与も引き上げ、それ以外の社員については基本給を2%アップしている。この臨時昇給については、「意識して社外発信にも努めた」と柳原さんは言う。
「当社の2年連続の臨時昇給を広く発信することにより、ホテル業界に活気が戻り始めていると感じてもらえればと考えたからです。観光はこれから日本の基幹産業の一つになっていく、そのためにはスタッフがさらに働きやすい環境であるべきと、業界の内外に呼びかけたいと思いました」
子育て世代に向けては、無理なく仕事が続けられるよう、育児短時間勤務をこれまでは法定を上回る「小学校入学まで」としていたが、2023年から「小学3年生終了まで」に延長。また、社員の意欲や向上心を後押しするため、コロナ禍で中断していた海外研修を再開し、ソムリエやマナー・プロトコール検定など、資格取得の支援も引き続き実施した。
新しい取り組みとしては、ベーカリー&ペストリー、イノベーティブ・サンドウィッチ、レストランサービスの、3つの社内コンクールを実施した。所属部署や勤続年数を問わず、誰でもエントリー可能とし、調理を行うコンクールでは練習のための材料費を上限付きで会社で負担した。結果、各回20名前後のスタッフが参加し、若手も好成績を収めた。
上位に入った調理作品は商品化して販売したこともあり、「若手社員のやる気を刺激し、自分も売上に貢献できると、自信を持ってもらう機会になった」と、柳原さんは語っている。
第1回ベーカリー&ペストリーコンクールの上位作品。ペストリーショップで実際に販売され、売上にも貢献した。
月1トンの廃食用油から生まれたハンドソープ
「社会とつながるおもてなし」としては、丸の内周辺エリアへのMICEやイベントの誘致活動、焼菓子の成形時に生じる端部分の寄贈、若手アーティスト支援など、これまでの取り組みを強化して継続。山梨の食文化をお届けする「Essence of Japan」のディナーイベントや、小笠原家に伝わる五節句飾りの展示も好評だった。また、レ・クレドールのゾーンディレクターや、レストランサービス・コンクールの審査員などにスタッフが選ばれ、業界の発展に寄与する社員の活躍が注目される1年ともなった。
「自然と生きるおもてなし」では、FOOD LOSS BANKとのコラボレーションで、環境配慮型農法で栽培された米や古米などの「れすきゅうまい」を使った、米粉ケーキの予約販売を8月にスタート。とりわけ小麦アレルギーがある人たちから歓迎された。ほかにも、3月にはオンラインショップ限定で、お客様のおかわりを見越してつくったものの提供機会を失ったパンを、新たな商品に再加工した「BAKERY BOX ~sustainable~」の販売を開始。5月には、間伐材の木粉と廃食用油などを配合した循環型のテーブルウェアを、ロスフード食材を使ったスイーツ「越後姫苺のパルフェグラッセ」提供時に採用するなど、次々と新たな取り組みを始動させている。
社員のアイデアからは、廃食用油を使った石けんが生まれた。
「『ゼロから価値を生む』を念頭に、何か新しい活動をと模索するなか、一人の社員が、レストランから毎月出る約1トンの廃油に着目しました。それがディッシュ&ハンドソープに生まれ変わりました。オンラインショップで販売しているほか、商品をホテル内レストランの洗い場でも使うことで、循環型リサイクルを実現しています」(柳原さん)
ハンドソープは100%自然由来成分が使われているため、手を洗った際の廃水も、98.9%が生分解して自然に還るとのこと。廃棄物をとことん活用し、なおかつ環境にもやさしい取り組みの好例となった。
新人研修などを通じ、社内浸透にも引き続き尽力
総支配人以下、各部門の長が所属するサステナビリティ連絡会は、毎月、定例会を開いている。その事務局を担うのは、ブランド戦略室、施設部、資材部という既存の3部署だ。
あえて専任部署を設けていないのは、会社全体での取り組みであることを社内に周知し、すべての社員に当事者意識を持ってほしいから。実際に、サステナビリティに対する意識は、ここ数年でずいぶん社員の間に定着したという。
「昨年、複数部署のスタッフが集まって、『Sustainable Stay』という宿泊プランを創りました。バスアメニティや特典など、各部署でサステナビリティという観点からどんな提案ができるのか。一人ひとりが真剣に考え、アイデアを持ち寄って新しい商品を共に創り上げるという、よい経験になったと思います」
個々の社員の自覚の度合いは、全社レベルの取り組みの質や深さを左右する。パレスホテル東京では、24年以降も社員向けの研修などを通して、サステナビリティの社内浸透に、いっそう注力していきたいとしている。
取材・文/田中洋子
(2024 4/5/6 Vol. 747)
パレスホテル東京(公式サイト)
https://www.palacehoteltokyo.com