2024年9月3日・4日に開催された当協会主催の第41回トップセミナーから、観光まちづくりコンサルタントのアレクサンダー・スタンコフ氏による講演内容を紹介します。
日本にオーバーツーリズムはない
観光客が増えすぎて地元住民の生活に支障があるなどの「オーバーツーリズム(観光公害)」が話題に上るようになって久しい。しかし、地方行政などの観光アドバイザーとして日本各地を訪れてきたアレクサンダー・スタンコフ氏は講演の冒頭、「日本にはオーバーツーリズムは存在しない」と断言した。
「メディア報道がオーバーツーリズムの事例として取り上げるのは、清水寺や鎌倉などいつも同じスポット。さらに、富士河口湖の『富士山ローソン』のように、メディアが話題にしたことでさらに混雑するという悪循環もある。日本にオーバーツーリズムが存在するとしても、ごくごく一部だと考えるべきです」
たしかに、訪日外国人観光客の数自体は上昇傾向にあり、日本政府観光局の月別統計で見るといずれの月も過去最大(図参照)。2024年の合計数も、このまま行けば過去最大だった2019年の約3188万人を超える見込みだという。しかしその一方で、東京・大阪・京都以外の三大都市圏以外では、宿泊者数は前年よりもむしろ減少、外国人観光客の都道府県別宿泊者数を見ても、大都市圏への偏りが拡大傾向にある。
「一極集中だから、問題にすべきはオーバーツーリズムの解消よりも地方分散。『観光立国』という国の目標に向けて、政府や地方自治体がもっとさまざまな取り組みを進めるべきです」とスタンコフ氏は言う。
富裕層「だけ」をターゲット化しない
こうした現状を踏まえたうえで、スタンコフ氏は持続可能なインバウンドの成長、そしてさらなる発展に向けて必要な3つのポイントを提示した。
まず、「現在・将来のトレンドを把握」すること。例えば、近年人気が高まっているのはアウトドアや自然体験、サステナブル観光(これについても、サステナブルとはただ『環境に配慮する』ことではなく、『環境』『社会文化』『経済』の適切なバランスが求められる概念であり、地元コミュニティの社会文化尊重、地域経済への還元が重要であるとの解説があった)。一方で、従来の観光スポットへのニーズもまだまだ高いのが現状だ。
「専門的なメディアをフォローして、常に最新の動向にアンテナを張っておく。そしてそのうえで、新しく何かをつくるというよりは、既存の観光資源をどう工夫して活用するかを考えることが重要です」
また、「ターゲットの見直し」も必要だという。政府はこれまで、いわゆる「富裕層」といわれる層の観光客誘致を推進してきたが、富裕層にもさまざまなタイプがあり、ニーズや消費額も多岐にわたるため、そこだけにターゲットを絞るべきではない。むしろ、ターゲットにすべきはSIT(Special Interest Traveler=特定の目的を持った旅行者)ではないかとスタンコフ氏は言う。
「東京・秋葉原に来るアニメファン、北海道のニセコに来るスキーヤーのように、マニアックな旅行客は富裕層かどうかに関係なく大きな消費をしてくれる。それぞれの地域の強みを生かして、そうしたSITに向けたコンテンツを考えるべきだと思います」
そしてもう一つ、意識すべきなのが「高付加価値化」だ。中でも重要なのは、地域の歴史や伝統、文化などにまつわる「ストーリー」を伝えることで、観光を「量から質」に転換させること。それによって、観光客の満足度は確実に上がるという。
また、宿泊施設の場合は、早朝カヌー、薪能など、早朝や夜のコンテンツを積極的にアピールすることで、「もう1泊」の滞在を促すことも重要だとの指摘もあった。
個人手配の旅行ではできない体験を
今後に向けた課題としては、スタンコフ氏はまず「一人当たりの旅行支出が高く、滞在日数も長い欧米豪の観光客を増やすこと」を挙げた。また、訪日観光客の費目別旅行消費額のデータを見ると、宿泊・飲食費や買い物代に比べ娯楽費が圧倒的に低いことから、多面的な観光コンテンツを増やすことでここを強化していく必要性もあるという。
そのうえで、コンテンツづくりのヒントになる日本各地の事例が多数紹介された。例えば、「傾斜地の限界集落」である徳島県のつるぎ町ではその特性を生かし、地元の高齢農業者と触れ合いながら、傾斜地農業の困難さや集落の現状などについて学べるツアーを展開している。あるいは、焼き物で有名な佐賀県の有田町では、陶芸体験や買い物だけではなく、人間国宝の職人との交流などを通じて専門的な知識を得られるツアーが、また三重県志摩市の漁村では、現役の海女たちとの交流を含むサイクリングツアーが人気……と、その内容は実に多彩だ。
「『何もない』と思われる地域にこそ、実は貴重な観光資源がある。個人手配の旅行ではなかなかできない、地元の人たちの家を訪れたり、交流したりするような体験のコンテンツを、宿泊施設やガイド協会がどんどん提供していくべきだと思います」。スタンコフ氏はそう締めくくった。
構成・文/仲藤里美
(2024 10/11/12 Vol. 749)
アレクサンダー・スタンコフ●観光まちづくりコンサルタント。通訳案内士資格獲得者。インバウンド実務主任者。ブルガリア出身。東京大学大学院卒。在日14年以上で日英を含む、4カ国語が堪能。2006年に初めて来日。47都道府県すべてに足を運び、日本全国の魅力を知り尽くしている。2014年から体験予約OTA「Voyagin」を経営する(株)Voyaginのコンテンツプロデューサー、2020年より楽天グループ・トラベルエクスピリエンス事業のコンテンツプロデューサーに従事。2022年に独立し、観光アドバイザーとして幅広く活躍。観光庁「地域周遊・長期滞在促進のための専門家派遣事業」における専門家、「観光地域づくり法人の体制強化事業」における外部専門人材、東京都観光まちづくりアドバイザーを務めるなど、地方行政や中央省庁のアドバイザー業務に従事し、日本の知られざる魅力を世界に発信している。