第92回幹部育成セミナー

知っておくだけで現場対応力がアップする厳選法律知識
〜クレーム対応、下請法、そして音楽著作権の今〜

7月3日・4日の両日、日本ホテル協会では会員ホテルの幹部職員を対象とするセミナーをホテル椿山荘東京で開催しました。そのプログラムから、夏目哲宏氏(株式会社ブライト代表取締役)による「知っておくだけで現場対応力がアップする厳選法律知識〜クレーム対応、下請法、そして音楽著作権の今〜」の内容をレポートします。

7月3日・4日の両日、日本ホテル協会では会員ホテルの幹部職員を対象とするセミナーをホテル椿山荘東京で開催しました

法律に基づく適切な「返金額」とは?

講師の夏目哲宏氏が代表を務める「BRIGHT(ブライト)」は、日本初のブライダル事業専門の総合法務サービス会社。夏目氏自身、ブライダル関連業界で法務担当として働いた経験があり、ブライダル業と法律の双方に詳しい人材の必要性を痛感したことが起業につながったという。

最初にお話しいただいたテーマは、「クレーム発生時の『返金』の考え方」。クレームに対して「誠実な対応」をすることは重要だが、スタッフに必要以上の負担がかかることを防ぐためにも、「法律上の基準」を認識しておくことが重要だという。

妥当な「返金額」の目安となるのが、〈「不足分(商品・サービスが不足した分の金額)」+「慰謝料(精神的苦痛に相当する金額)」+「ビジネスジャッジ」〉という公式。「不足分」と「慰謝料」が法律上の「損害」にあたり、そこにお客様に納得いただくための経営判断、「ビジネスジャッジ」による調整が加わる。

出典:夏目氏講演資料より
出典:夏目氏講演資料より

「不足分」を算出する際の最大のポイントは、クレームのあった事案に「債務不履行」があったかどうかを見定めることだという。お客様の期待値に応えられたかは別にして、サービスの提供が間に合わなかった、十分ではなかったなど、「事業者として本来提供すべきレベルのサービスを提供できなかった」点があったかどうかということになる。そして、債務不履行があった場合は、実際にサービスが不足した範囲に加え、「予見できた範囲」について賠償しなくてはならない。

挙式と披露宴当日のビデオ撮影が「失敗だった」として損害賠償を請求された実際の裁判例においては、原告側が撮影・編集料18万9000円の全額返金を求めたのに対し、裁判所の判断は「挙式部分の撮影は債務不履行が認められるが、披露宴部分はそうではない」として、挙式部分の撮影代金にあたる1万7750円のみの返金を命じた。

出典:夏目氏講演資料より
出典:夏目氏講演資料より
出典:夏目氏講演資料より

一方、顧客の精神的な苦痛に対して支払われる「慰謝料」については、そうした明確な法的基準がないため、額の「相場」を知っておくことが重要になる。前述のケースでは、原告が新郎新婦2人分として40万円を請求したのに対し、裁判所は「慰謝料は1人7万円、計14万円」という判断を示した。

「こうした法律や判例を知っておくことで、『法的な基準はこうです』という話ができ、クレーム発生時におけるホテル側の金額提示を考える際に合理的な判断がしやすいのではないかと思います」。夏目氏はそう語った。

新法、改正法への対応も重要

続いて、「お客様対応にまつわる最新の注意点」として、「消費者契約法」についての解説。2001年に成立したこの法律では、「消費者保護」の観点に基づき、消費者の側に非常に強い権利が認められている。

例えば、消費者が「契約前に不利益な契約内容について十分な説明を受けず、それがないものと誤認して契約した」場合には、消費者に契約を取り消す権利を認める条項がある。なお、「取り消し」は「解約」とは異なり、契約時点に遡って契約の効力をなくすものであるため、理論上キャンセル料の請求もできない。消費者にとって不利になりうる契約内容こそ正しくわかりやすく説明することが必要となるし、「きちんと説明した」という証拠をいかに残すかが重要になる。

それ以外にも、「退去困難な場所で締結した契約の取消権」が認められたり、解約料水準についての説明義務が定められたりといった、さらに消費者の権利を広く認める法改正が重ねられているため、それらへの対応も必要だ。

出典:夏目氏講演資料より
出典:夏目氏講演資料より

「パートナーとの取引」に関しては、2024年11月に施行される「フリーランス新法」についての解説があった。契約内容の明示義務など従来の「下請法」と規制内容はほぼ同じだが、保護の対象が大きく広がる。施行までに、どのパートナーとの取引が対象になるのかを確認し、使用している契約書の形式などが適切かどうかをチェックする必要があるという。「早めに対応を進め、『うちはきちんと対応していますよ』と示すことで、優れた人材をブライダル業界、あるいはホテル業界に呼び込むきっかけにもなるのではないか」との指摘もあった。

そして最後は、ブライダルとは切り離せない「音楽」の著作権について。ひと口に「著作権」といっても演奏権、複製権などさまざまな権利があり、それによって認められる範囲も変わってくるので注意が必要だという。

日々の仕事において最も大事にしているのは、「現場の皆さんがいい結婚式をつくることに集中できる環境を整えること」だという夏目氏。「私たち自身は結婚式をプロデュースすることはないけれど、法的な観点で皆さまをお手伝いしていきたい」との力強い言葉をいただいた。

構成・文/仲藤里美
(2024 7/8/9 Vol. 748)

夏目哲宏(なつめ てつひろ)
Profile

夏目哲宏(なつめ てつひろ)●株式会社ブライト代表取締役。北海道大学法学部卒、同大学院法学研究科修了。(株)リクルートコスモス(コスモスイニシア)を経て(株)ノバレーゼに転職。法務および株式担当者として東証一部(当時)上場に携わるほか、クレーム対応や音楽著作権などブライダル特有の案件に対応する中で「ブライダル事業に特化した法律サービス」の創設を着想。行政書士資格を取得し、社内の起業コンテストを経て2015年に(株)ブライトを設立して独立起業。日本で唯一の「ブライダル特化」の立場から、全国のホテルや婚礼式場・事業者に対して、セミナー・研修、婚礼規約・契約書作成などの法務業務、ブライダル業務の効率・改善に資するサービスなどを開発、提供している。